ブログ: 2012年2月

2月23日は徳島美馬市で、25日は阪南市サラダホールで、26日は鹿児島県薩摩川内市国際交流センターで、講演会やオーク&コンサートにお越し頂いた皆様、どうもありがとうございました。又、主催者の皆様、大変ご苦労様でした。

これらの講演会やトーク&コンサートで印象に残った事が二つあります。

一つ目は、阪南市での人権トーク&コンサートのお仕事を頂いたのは、吉本興業と長いお付き合いのあるF企画の社長さんでした。電話で打ち合わせをしてきたのですが、当日初めてお目に掛かり、社長さんが言われたのは、「私は貴女の亡きお父さん岡八郎さんとは昔からお仕事させて頂いていました。四郎・八郎の漫才をしていた時に、余興の仕事をよくしてもらったんですよ!」っと。・・・ビックリしました!何故なら、父が漫才をしていたのは、24歳から28歳の4年間。それは、もう50年ぐらい前になります!神様はこうして色々な人々の出会いを相応しい時に与えて下さること。そして、ご縁の深さ。実に驚愕しました。お陰さまで、会場は150名予想していた聴講者が230名もお越し下さり、会場満員になりました!親子の絆、家族の絆、友人、知人、そして、新しい人との出会い。「きみは愛されるため生まれた」の歌詞ように、実に「永遠の神の愛は我らの出会いの中で実を結びます。」

二つ目は、薩摩川内での「自殺予防講演会」の講演後、書籍のサイン会をした時です。あるお爺さんが私の目の前に立たれ、いきなり私に話し始められました。「わたしは87歳です。妻は16年前に亡くなりました。一人で生活しています。」そこまで聞いた時、ふっと目を上げ、お爺さんを見ました。お年の割には元気そうなしっかりした方でしたが、直ぐに手を取って、「頑張って下さいね!お祈りしていますよ。」と言った途端、お爺さんの目から涙がボロボロボロ~とあふれ出ました。私の握ったそのお爺さんの手は、肉厚もあり、しわが沢山刻まれた、一生懸命働いてきた手でした。その手はとっても乾燥していました。お爺さんの手から私が感じたことは、「この人は長い間、誰とも手を握っていないんだ。誰もお爺さんの寂しさを分かってあげる人がいない。さみしくて仕方がないけど、一人で頑張っているんだ。愛が、触れ合いが欲しいんだ。心が乾いているんだ。」ということでした。、その時思いました。一瞬でもそうして、手を握る、肩を叩くなどスキンシップを持ち、知らない人にも、言葉で愛と励ましと慰めを与える事が、日本のそして世界の絆を深める、私達一人ひとりが出来ることだと。
CIMG1984_2.jpg

写真:伊丹梅盆展で見つけた梅。40歳。
CIMG1993_2.jpg

伊丹市立美術館で開催されていた「キース・へリング展ーアートはみんなのもの」を観に行きました。(2012.1.21-2.26)

彼のアートを観て、今回感じたことは、シンプルで力強い彼のポップ・アートは、コミカルで楽しいものも沢山あり、又、反戦を訴え、アートというのは、観る人に目で大いに感動とメッセージを、言葉なしに与えられるという事でした。音楽は耳で感動を与えるので、違ったフォームですが、芸術の素晴らしさを知り、絵を通して、平和、愛、夢、希望を与える事が出来るのだと再確認しました。

美術館隣の元酒造では、伊丹盆梅展が開催中で、梅の甘い香りと手入れされた素晴らしい梅盆を鑑賞することが出来、明治、大正、昭和のお雛様を楽しませて頂きました。庭先ではミツバチが梅の花の蜜を集めていました。春はもうそこまで来ています!

キース・ヘリング
1980年代を代表するアメリカの代表的芸術家として知られる。1980年にニューヨークの地下鉄構内で使用されていない広告掲示板に黒い紙を張り、その上にチョークで絵を描くというサブウェイ・ドローイングと呼ばれる活動を始めた。そのシンプルな線でリズミカルに書かれた絵はニューヨークの通勤客の間で評判となり、キースの名が知られるようになった。数回の個展を世界各地で開催して知名度を上げる。社会貢献活動を多く行ない、AIDS撲滅活動や恵まれない子供たちへの活動で知られている。特にキース自身がHIV感染者だったこともあり、作品を通じてAIDS感染を防ぐメッセージを出すなどし、AIDS撲滅活動に積極的に関わった。1990年、AIDSにより31歳の若さで他界。

CIMG4188_2.jpg
CIMG4186_2.jpg
2月2日にBillboard Osakaでコンサートを開催された、カーク・フランクリン氏がグラミー賞2冠を獲得しました!!!

2011年リリースのアルバム、"Hello Fear"はベスト・ゴスペル・アルバム、そして、ベスト・ソング選ばれました!

彼に直接お会いしただけに、とっても、とっても嬉しいです! 神様素晴らし~い!!

カーク、おめでとう!!!

http://www.examiner.com/urban-pop-in-national/2012-grammy-awards-kirk-franklin-wins-awards-for-hello-fear

*写真上、グラミー賞受賞アルバム、"Hello Fear" 直筆サイン入り

*写真下、左から、私の主人、クレッグ、カーク・フランクリン氏、裕子 大阪ビルボードにて 2012年2月2日撮影

グラフィック0403007.JPG
2月11日、二人の人が天国に行ってしまいました。一人はケンケン(ベーシスト)のお母さん、そして、ホイットニー・ヒューストン。二人とも私は個人的に出会ったことがありません。しかし、ケンケンは最近、お母さんの話を良くしていました。透析を受けていて、癌が大腸や小腸に回っていて、命が長くない事。しかし、お母さんは床ずれの痛みも抱えながら、最後迄頑張り、天国に旅立たれました。84歳でした。昨年、ケンケンが彼の事情で、3ヶ月ほどお母さんと何十年ぶりかに同居し、しばらく一緒に暮らした時期がありました。あの三ヶ月は、きっと、神様が親子関係を修復する為に与えてくれたんだと思います。ケンケンが演奏から帰宅するのをいつも待っていて、主催者やお客様から頂いた花やお土産をんでおられたそうです。家族葬のお通夜に出席させて頂きました。お母さんは皆に愛されていたんだな。。。と思います。お会いできずに残念でしたが、お母さんの魂が天国で安らかにありますように、お祈り致します。

一方、同じく11日に急死したホイットニー・ヒューストン。美貌の上に素晴らしい歌声の持ち主で、ずっと私の憧れでした。彼女の事は直接知りませんが、ホイットニーのお母さんのシシー・ヒューストンとは、ニューヨーク在住時、マクドナルド・ゴスペル・フェストで共演させて頂いた経験があります。とっても厳しそうなお母さんでした。お母さんを見て厳しく育てられたホイットニーの幼少期を想像した事がありました。しかし、結婚した相手が不運でした。元夫ボビー・ブラウンは他の女性との間に生ませ認知した子供が4人もいたそうで、ドメスティック・バイオレンスも酷かったとか。きっと元夫がきっかけで、麻薬やアルコールにおぼれて行き、依存症になったのでしょう。彼女の死因は、米TMZの情報によると「バスタブで溺死」だったそうです。死の直前に飲酒し、精神安定剤を服用、バスタブで足だけ空中へ出し、全身が浴槽に浸かっていた彼女を女性美容師が見つけ、ボディーガードが引き上げたが、遅かったようです。死の一日前まで、ホテルのナイトクラブで大声で喋り、泥酔するまで飲んでパーティーをしてうたそう。11日夜には有名音楽プロデューサーのクライブ・ディヴィス主宰のグラミー賞プレパーティーが行われており、ホイットニーも出席する予定になっていた同じホテルから、彼女は遺体としてひっそりと運び出されたようです。

余りも悲しすぎます。。。薬物依存。麻薬だけでなく、精神安定剤、睡眠薬も含め、そして、アルコール依存症。ひとつの依存ではなく重複した依存症だったホイットニー。。。芸能人であっても「依存症」になった人は、一日一日薬物を取らず、断酒し、継続することしか回復への道はないんです!専門の病院、更正施設に入り、プログラムを実行し、身体から薬物を完璧に抜き、絶対身体に二度と取り入れないとことからしか始まらないのに、華やかな生活をしてきた彼女は、薬抜き、お酒抜き、パーティー抜きの生活を止める事は出来なかったんですね。

死の一日前にナイトクラブで彼女が歌っていた映像がありました。その曲は、そして、彼女が最後に歌っていた曲は、「Jesus Loves Me = 主われを愛す」。賛美歌でした。

ホイットニーの魂が、イエス様の元にあり、天国で平安にありますよう、心から心からお祈り致します。

CIMG1944.jpg

CIMG1928.jpgCIMG1934.jpg2月10日(金)、伊丹空港から新潟に飛びました。前日は豪雪と雷の為、伊丹空港から飛び立った飛行機が新潟空港に着陸出来ず、伊丹に戻ってきたり、又、午後からの便は全て欠航したのですが、神様は素晴らしい~!私の乗った飛行機は、無事に伊丹を出発し、新潟に到着しました。天気は快晴~!ハレルヤ~!

ブラザー・タイスケと彼の家族と再会を喜びました!ブラザー・タイスケは、私にとって本当の弟のような存在で、優しい奥さんと、可愛い娘が出来て、私もとっても嬉しいです。

新潟は流石に豪雪!大阪とえらい違いです。今年、私にとって初めての雪でした。しかし、何故か、出発した朝、大阪はー4℃だったのに対し、大雪の新潟はー1℃?「なんでやねん!」と大阪弁で突っ込みたいほど、大阪の方が寒かった~!

先週、京都で買ったスノー・ブーツはえらく役に立ちました!出張で新潟に革靴を履いていったビジネスマンは、ツルッツルとペンギンのように滑ってはりました。。。

土曜日は「新潟福音教会」で24名の方々がお集まり下さり、ゴスペルワークショップを開催させて頂きました。S牧師先生をはじめ、雪の中、本当に沢山の懐かしい方々、新しい方々にお会い出来て、心から感謝致します。ピアノのN君も一生懸命練習してくれ、本当に良く頑張ってくれました!ブラザー・タイスケも宣伝、告知、チラシ作りなど、ご協力本当にありがとうございます!!

日曜日は礼拝に参加させて頂き、その後、タイスケさんのお父さんやご家族と昼食、お買い物に連れて行って頂いたり、妹ちゃんカップルとも再会を喜び、無事に大阪へ向けて飛び立ちました。

先週は奄美大島、今週は新潟、そして、来週は南大阪、月末は徳島県、鹿児島です!日本全国、まだまだ、駆け巡りますよ~!!

Bro. TaisukeのHPは以下の通りです。
http://spiritofsouth.oops.jp/
彼は3月17日~関西でワークショップやコンサートとツアーをしますので、是非、行ってあげて下さい!とっても楽しいですよ!

CIMG4187_2.jpg
CIMG4188_2.jpg
2月2日(木)、Billboard Osakaにて、カーク・フランクリン氏(Kirk Franklin)のゴスペルコンサートに行ってきました!昨年に続き、私に取って2回目のカークのコンサートです。

彼は本当にエナジェティック!どこからあんなエネルギーが発せられるのか?彼の元気さは観客皆を元気にします。皆ノリノリの中、しっかりとイエス様の救いをアピールされ、そして、あの元気は、きっと、彼の信仰(イエス様を信じる事)からきているのだと思います。

毎回、彼のコンサートはどんどん素晴らしくなります。一流のミュージシャン達、シンガー達、PA(音響担当)はジャズ界の大御所、Grover Washington Jr.の御曹司、又、彼のクレイエイティブでとっても楽しく素晴らしいゴスペル音楽を通して、言葉は分からなくても、「神は愛なり。」が彼のコンサートを通して実践されています。

今回、帰国者ミニストリーのメンバーの一員、Sちゃんがカークを個人的に知っている事から、コンサート後、初めて彼に会う機会が与えられました。神様は本当に素晴らしい!私達に色々な人のご縁を与えて下さいます。Sちゃん、ありがとう!

コンサート終演後、疲れているにも関わらず、私たちと個人的にお話しする時間を取って下さり、一緒に写真撮影、そして、クリスチャンの兄弟姉妹で祈る機会も与えられ、本当に本当に祝福されました!!!

彼は、3月上旬、東日本大震災の支援復興の為行われる、東北ゴスペルフェスティバルに再度、来日予定です。

詳細は、又、ブログでお知らせ致します。

God is good all the time, and all the time God is good!!

 

カーク・フランクリン (Kirk Franklin)

コンテンポラリー・ゴスペルの第一人者。1993年、デビュー・アルバム『Kirk Franklin and the Family』でゴスペル界初のプラチナ・ディスクを獲得し、グラミー賞を受賞。王道ゴスペルを尊重しながらも、初めてHipHop,R&Bをゴスペル音楽に取り入れるサウンドで人気を博す。おそらく日本のゴスペルクワイヤーでは、彼の曲が最も多く採り上げられているアーティスト。

1970年テキサス州フォートワース生まれ。母親は出産当時15歳の未婚者だったため、生まれてから64歳の叔母に引き取られた。父親は不明。 4歳時から彼の音楽の才能を見出した叔母が、空きカン集めをして彼のピアノ・レッスン代を工面した。
わずか11歳で教会の音楽リーダーとなるも、両親不在の寂しさから思春期は非行へ走る。 親友が銃に撃たれて死亡し、多くの不幸と出会うなか、再び叔母の助けを借りて教会へ戻り、ゴスペル界に君臨するようになる。
http://www.kirkfranklin.com/